幕末維新京都史跡事典 

幕末維新京都史跡事典 


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幕末維新京都史跡事典 64頁 55 九条尚忠旧邸 堺町御門内九条家本殿



 「幕末維新京都史跡事典」は郷土史研究家の石田孝喜が1983年に刊行した事典。2009年に新装版として出版した「幕末京都史跡大事典」の元となる書籍。石田は1997年に同書の新装版を出している。前者が総頁数333に対して後者は336となっている。

 石田孝喜氏は大正13年(1924)に東京で生まれ、早稲田実業学校を卒業後、早稲田大学専門学校へ進んでいる。本書のあとがきには、太平洋戦争末期から終戦後の氏の行動が記されている。宮城県仙台市で対戦車肉薄攻撃の訓練を受けた後、配属された下北の連隊で終戦を迎える。この地が昔の斗南藩であったこと、そして維新後の明治2年(1869)11月3日に会津藩が移封された地であったことを知ったのは四半世紀後であったと述懐している。一度東京に戻ったもののすぐに京都に移っている。その経緯については記されていないものの、昭和21年(1946)以降、京都で暮らしている。あとがきには下記のような言葉がある。

歴史どころか、文化も芸術も省みる余裕もなく過した二十年あまり、ある日、先輩に勧められて入ったのが、「維新を語る会」という史談会であった。


 東京で何を学んでいたかを石田氏は明らかにしていないが、この言葉を信じるならば京に移ってから初めて歴史に興味を持つようになったのである。後に出版される「幕末京都史跡大事典」のあとがきにも、このあたりの経緯が少し記されている。「維新を語る会」に氏を推薦したのは東京深大寺の「門前そば」の社長の浅田平八であった。浅田は郷土の英雄である近藤勇を顕彰する「近藤勇と新選組の会」を作った人物でもある。浅田は石田氏を”近藤勇の会”の支部長と「維新を語る会」に紹介したとされている。昭和20年代の京都では、新選組は志士たちを取り締まる悪の手先扱いを受けていただろう。そのような環境下で石田氏は

戦後幾十年、維新史を学ぶ機会を得て、われわれを教育し、国家に協力献身する事に何らの疑義を生ぜしめなかった、その主体である、明治政府の成り立ちを知る事が出来た


と述べるに至った。

 本書を刊行するにあたっての“たたき台”となった書籍は、「維新を語る会」の名誉会長であった寺井萬次郎が昭和9年(1934)に刊行した「京都史蹟めぐり」である。この書の発行人である西尾勘吾は大丸の支配人であり、同社創立二百年記念事業として寺井に執筆を依頼して刊行したものである。この書とともに大阪毎日新聞京都版に連載され昭和14年(1939)に刊行された「維新の史蹟」を石田氏が参考としたことは、本書のあとがきで自ら述べているので明らかである。
 
 本書は史跡を五十音順に配置している。後に刊行する「幕末京都史跡大事典」は、左京区から始まり伏見区、市城内、府下に至る行政区別に割り、さらに行政区内を五十音順に説明をすすめている。この行政区別の配置は寺井の「京都史蹟めぐり」や大阪毎日新聞京都版の「維新の史蹟」に近い。しかし、本書がそのような配置を採用しなかったのには事典としての引き易さを優先したためであろう。
 また掲載されている史跡の所在地については、本文の史跡名称の下に記されている。上記の「維新の史蹟」のように交通手段までの記述は流石にないが、巻末の14枚の京都史跡地図上に史跡がプロットされているので、史跡訪問を容易にしている。しかし地図が白黒印刷であるので見難いこと、さらに史跡番号が付加されていないので地図から本文に戻ることができない。この辺りは書籍という形態の限界なのかもしれない。

 掲載された史跡等の総数は会津藩本陣跡から始まり、輪違屋までの204。「幕末京都史跡大事典」の掲載数が275であるので、立項した数は後者のほうが多い。しかし本書には付録として、「幕末維新京都の史跡」203の表が追加されている。注釈として「事典本文所載の項目は、ほとんど省略した」とあるので、本文で紹介できなかった項目の名称、所在地そして概説を記すことで補足している。この追加された203の項目は、やはり五十音順に並べられ1から始まる番号(追加史跡番号)が振られている。さらに本文と関係する項目については、本文を参照できるように本文の史跡番号が記されている。つまり追加史跡番号200の「頼山陽一族の墓所長楽寺」には史跡番号200が記されている。目次を確認すると、史跡番号200は、「頼山陽の寓居 山紫水明処」で257頁に掲載されていることが分かるという具合である。またこの追加項目間の関連する項目の番号も相互に記されている。追加項目の追加史跡番号201は「頼山陽寓居の址」であるが、これに関連する追加項目は先ほどの追加史跡番号200であるので、201には追加史跡番号200と書いてある。同様に追加史跡番号200の方にも追加史跡番号201が関連追加事項であることを記している。このように追加項目と本文あるいは追加項目と追加項目の関連性を分かるような仕組みになっている。一見すると親切な注釈ではあるが、この仕組みを理解しないと利用できないのは難である。全てを本文に入れ、立項数を204+203の407にすれば、もっと分かり易かったであろう。

 その他にも京都史跡地図14図、参考文献、あとがき、さらに事項索引に年号対照表を付加している。現行版である「幕末京都史跡大事典」に索引がないことを考えると、本書は現在でも十分に事典として活用できる。巻末の参考文献には132件の資料名が記述されている。ちなみに「幕末京都史跡大事典」の参考文献は144件である。「逸事史補」や「昔夢会筆記」などの書名とともに子母沢寛の「新選組始末記」や徳富蘇峰の「近世日本国民史」なども含まれている。また、本文の解説の中には、どの参考文献を使用したかの記述は無い点は注意すべきであろう。



■ NDL-OPAC (国立国会図書館雑誌記事索引)

書名幕末維新京都史跡事典
出版地 国名コードJP
出版地東京
出版社新人物往来社
出版年1983
大きさ 容量等333p ; 23cm
注記参考文献: p311~313
ISBN4404025343
価格5800円 (税込)
JP番号84012322
巻次
出版年月日等1983.11
件名 キーワード京都府--史跡名勝 京都府--歴史--辞書
NDLCGB8 GC154
NDLC2
NDC 8版216.2
対象利用者一般
資料の種別図書
言語 ISO639 2形式jpn : 日本語
NDL-OPAC URLhttp://iss.ndl.go.jp/books/R100000002-I000001648724-00




■ 目次

0001 会津藩本陣跡11頁
0002 会津藩墓地11頁
0003 赤松小三郎遭難の跡13頁
0004 秋の山14頁
0005 明保野亭騒動の跡15頁
0006 浅見絅斎邸跡16頁
0007 足利将軍木像梟首の跡17頁
0008 愛宕茶屋18頁
0009 粟田口21頁
0010 安藤対馬守藩邸跡22頁
0011 飯田忠彦隠栖の跡23頁
0012 池田屋事変の跡23頁
0013 板倉勝重・重宗屋敷跡 所司代下屋敷26頁
0014 出雲松江藩主松平氏邸跡26頁
0015 因幡鳥取藩池田氏邸27頁
0016 伊予大洲藩京邸跡28頁
0017 岩国藩吉川屋敷跡29頁
0018 岩倉具視隠栖の地29頁
0019 石清水八幡宮行幸の跡30頁
0020 宇郷玄蕃の天誅の跡31頁
0021 梅田雲浜邸跡32頁
0022 梅田雲浜の墓33頁
0023 越前藩京屋敷跡34頁
0024 大国隆正宅跡34頁
0025 大久保利通旧邸35頁
0026 太田垣蓮月尼の墓36頁
0027 大高忠兵衛寓居の跡37頁
0028 大高又次郎邸跡37頁
0029 大槻重助 忠僕茶屋の跡38頁
0030 大村益次郎寓居、遭難の跡39頁
0031 小笠原右近将監の邸宅跡40頁
0032 小川亭の跡40頁
0033 小原伝之丞宅43頁
0034 尾張徳川氏藩邸跡44頁
0035 加賀藩主前田氏邸宅45頁
0036 学習院跡46頁
0037 春日潜庵邸跡46頁
0038 桂小五郎・幾松寓居跡46頁
0039 加納惣三郎 島原田圃の辻斬りの場47頁
0040 上賀茂神社48頁
0041 神山左多衛郡廉寓居の跡49頁
0042 河合耆三郎の墓49頁
0043 河田小龍の墓50頁
0044 北村義貞寓居の跡51頁
0045 木戸孝充邸跡51頁
0046 木戸公神道碑52頁
0047 侠客会津小鉄寓居跡53頁
0048 京都御所55頁
0049 京都守護職屋敷、会津藩京屋敷跡57頁
0050 清河八郎寓居の跡58頁
0051 桐野利秋(中村半次郎)寓居の跡59頁
0052 禁門の変長州藩殉難者の墓62頁
0053 久坂義助と堺町御門戦の跡62頁
0054 久坂玄瑞の密議の角屋63頁
0055 九条尚忠旧邸64頁
0056 月照、西郷、近衛、村岡らの密議の跡68頁
0057 月真院 御陵衛士屯所跡68頁
0058 小泉仁左衛門邸宅69頁
0059 光縁寺69頁
0060 小枝橋71頁
0061 御香宮神社73頁
0062 悟真寺88頁
0063 古聖堂の跡88頁
0064 後藤象二郎寓居の跡89頁
0065 近衛邸跡91頁
0066 小林民部権大輔良典の墓91頁
0067 小松原薩摩藩調練場跡92頁
0068 是枝柳右衛門寓居の跡92頁
0069 近藤正慎と舌切り茶屋93頁
0070 西郷南州寓居跡94頁
0071 座田維貞の邸跡94頁
0072 坂本龍馬海援隊屯所の跡95頁
0073 坂本龍馬と中岡慎太郎の墓98頁
0074 坂本龍馬・中岡慎太郎遭難の地99頁
0075 相楽兄弟ら薩長三志士の墓105頁
0076 佐久間象山寓居の跡106頁
0077 佐久間象山遭難の地108頁
0078 薩摩藩士東征戦亡の碑110頁
0079 薩摩藩戦死者の墓111頁
0080 薩摩藩邸跡111頁
0081 薩摩藩伏見邸跡112頁
0082 猿ヶ辻、姉小路公知卿遭難の跡112頁
0083 三縁寺 池田屋事変殉難烈士の墳墓115頁
0084 三条実万卿隠栖終焉の地116頁
0085 塩屋勘兵衛(皇陵捜索者)宅跡118頁
0086 直指庵 老女津崎村岡の住居跡118頁
0087 品川弥二郎の墓119頁
0088 島田左近の邸跡119頁
0089 島原廓と角屋121頁
0090 下鴨神社と攘夷御祈願122頁
0091 集書院跡124頁
0092 守護職屋敷跡124頁
0093 浄教寺 宇和島藩主の館126頁
0094 春光院 忍向上人隠栖の跡127頁
0095 成就院 忍向上人の遺址128頁
0096 城東練兵場跡129頁
0097 淨福寺 薩摩勇士の刀痕130頁
0098 青蓮院 久邇宮朝彦親王131頁
0099 所司代屋敷跡132頁
0100 新選組屯所跡133頁


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